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Posts Tagged ‘Jeremiah’

主はこう言われる、「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる。彼は荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない。荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。-エレミヤ17:5-8
心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」。-エレミヤ17:9-10
エレミヤはきれいに書いた、荒野の小さい木と水のほとりに植えた木にたいしてた。二つは日と夜ように違う。一つは乾き、なかなか生きてる。他方で、命の絵、実を結んで生きてる。これは主を頼みと自分を頼みの違い。私の人生にこの違いはよく見える。主から遠いなら、すべてつまらなくなって、ただすべきことをするということだ。主を頼んだら、ミニストリーは楽しくなって、もう少し頑張れるようなことだ。
おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。-エレミヤ17:7
主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。-詩篇127:1

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