Feeds:
Posts
Comments

Posts Tagged ‘詩篇’

詩篇19、20、21

「主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。」詩篇19:7-9
基本的に、クリスチャンっていうことは主と共に歩いて、主のみ言葉を従っている。詩篇19:11そう書いた:「これらを守れば、大いなる報いがある。」
「ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかしわれらは、われらの神、主のみ名を誇る。」詩篇20:7
意味はちょっと違いますね。「誇る」っ法が好きが。ただ「信じる」じゃなくて、主のみ名を誇るっていうことなんて。なんかもっと堂々だと思います。われらの神はそんな神なんですっていう感じだよね。
「あなたは彼の心の願いをゆるし、そのくちびるの求めをいなまれなかった。」詩篇21:2
「王は主に信頼するゆえ、いと高き者のいつくしみをこうむって、動かされることはない。」詩篇21:7
ただ、主に信頼するが十分です。しかし、私は時々自分に信頼して、主を忘れちゃいます。本当にもうしわけません。

Read Full Post »

1 愚かな者は心のうちに「神はない」と言う。彼らは腐れはて、憎むべき事をなし、
2 善を行う者はない。主は天から人の子らを見おろして、賢い者、神をたずね求める者があるかないかを見られた。
3 彼らはみな迷い、みなひとしく腐れた。善を行う者はない、ひとりもない。
4 すべて悪を行う者は悟りがないのか。彼らは物食うようにわが民をくらい、また主を呼ぶことをしない。
5 その時、彼らは大いに恐れた。神は正しい者のやからと共におられるからである。
6 あなたがたは貧しい者の計画をはずかしめようとする。しかし主は彼の避け所である。
7 どうか、シオンからイスラエルの救が出るように。主がその民の繁栄を回復されるとき、ヤコブは喜び、イスラエルは楽しむであろう。
-詩篇14-
「神はいない」と言う者は愚かな者だ。ちょっと厳しいと思わない?しかし、それは事実です。人間は信じなくても神は存在しま す。では、どうして人間は神の存在を信じませんか?たぶん自分の自由がほしいかもしれません。誰にも答えたくないから、神を信じません。もし、神は本当に 存在なら、もし神に信じれば、神の標準を従わなきゃいけないでしょう?だから、もし神はいなければ、憎むべき事などできるようになりました。
し かし、ある日、神の審判を向かわなきゃいけません。信じるかどうかかまいません。みなある日向かわなきゃいけません。あの日、大いに恐れたが、遅すぎまし た。でも、シオンから救い主が出ます。その救い主は神の唯一の子、イエス・キリストです。「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。 それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)
信じますか?神の存在は。早く決めてください。時間がありませんから。

Read Full Post »

主はこう言われる、「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる。彼は荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない。荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。-エレミヤ17:5-8
心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」。-エレミヤ17:9-10
エレミヤはきれいに書いた、荒野の小さい木と水のほとりに植えた木にたいしてた。二つは日と夜ように違う。一つは乾き、なかなか生きてる。他方で、命の絵、実を結んで生きてる。これは主を頼みと自分を頼みの違い。私の人生にこの違いはよく見える。主から遠いなら、すべてつまらなくなって、ただすべきことをするということだ。主を頼んだら、ミニストリーは楽しくなって、もう少し頑張れるようなことだ。
おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。-エレミヤ17:7
主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。-詩篇127:1

Read Full Post »